今日は大阪出張です。
しかも、1日ではなく半日!
先ほどお客様との打合せも終わり、急いで大阪空港に戻ってきました。
通常はこの後、他のお客様を訪問するところなんですが、博多で設備の試運転調整が待っているので今から福岡へ帰らなければなりません。
明日はその設備の 「お披露目会」 です。
今日は何時に仕事が終わるか分かりませんが 「がんばるぞ!」
わたくしたちは“信頼”と“安心”を弊社理念とし社員一同お客様の『財産創り』をお手伝いいたします。
“信頼”とはわたくしたちが持つ、ものづくりに対するこだわりと妥協なき製品造りによって積み重ねられた技術と品質だと考えています。
今日は大阪出張です。
しかも、1日ではなく半日!
先ほどお客様との打合せも終わり、急いで大阪空港に戻ってきました。
通常はこの後、他のお客様を訪問するところなんですが、博多で設備の試運転調整が待っているので今から福岡へ帰らなければなりません。
明日はその設備の 「お披露目会」 です。
今日は何時に仕事が終わるか分かりませんが 「がんばるぞ!」
皆さん、 「現調」 って知っていますか?
僕らの業界で 「現場調査」 を短縮して 「げんちょう」 っていうんです。
いわゆる 現場の確認や打合せ、寸法確認、工事の段取りなどが主目的です。
日曜日から2つの現場を訪れました。
日曜日は香川県の多度津です。
博多から新幹線で岡山に出てJRで瀬戸大橋を渡ったところです。
ここには大きな造船所 「常石造船所」 があります。
その造船所の前にある水産会社に 「フレークアイス製氷機」 と 「サイロ式自動貯氷庫」 を設置します。
現場では既に機械の架台が設置されていました。
昨日からは 「宮城県石巻港」 に来ています。
ここでは新たに開発した 「鮮魚の鮮度管理装置」 を設置します。
具体的な内容はまだ発表できませんが、7月の展示会 「ジャパン・インターナショナルシーフードショー 2010」 では発表できると思います。
従来、鮮魚を刺身商材として食出来るのが2~3日でしたがそれを20日間の保管を実現できる装置なんです。
鮮度の基準値として 「K値」 を用いるんですが通常魚を水揚げした段階でK値は5から10程度です。生食として食出来るのは20が限界とされています。
1日当たりK値は5ほど上昇するのですが・・・
魚も凍結しないため組織を壊すことなく保管が可能となります。
なんだか装置の説明になりましたが、来月からその装置を設置するための現場調査です。
お客様との調整も終了し、早速5月17日から現場入りです。
社員も連休ない状況ですが、もうひと踏ん張りしてもらうとしよう♪
中国訪問最終日に半日時間が空いた。
ということで、半日観光に行ってきた♪
今まで何度も北京を訪れているがいまだ観光したことがなかったので、通訳の武島先生に頼み案内していただいた。
半日と限られて時間であるため北京市内に行くことにした。
先ずは宿泊ホテルから待ち合わせ場所である 「北京飯店」 へタクシーで向かった。
市内は車が多くあちらこちらで渋滞である。
30分ほどでようやく待ち合わせ場所に着いた。
国営の5つ星ホテルであるためとても大きく豪華である。
宿泊することは無いだろうと、記念に写真を撮ってきた。
そして我々は徒歩で長安通りを歩き天安門まで向かうことにした。
歩くこと数分、よさげな建物を発見!
「長安倶楽部」 と書いてある。
なんと!1階には 「PORSCHE」 の文字があるではないか。
何だろう? と武島先生に尋ねてみると・・・
「共産党員の遊び場」 らしい・・・
○○を連れて○○して○○で・・・
多い人で○○○人、平均でも○○人・・・
う~ん、ここに書きたいが、書けないのでやめておこう。
歩くこと十数分、ようやく天安門に到着した。
「壮大で大きい」 これが実感であるが、ここで以前惨劇が起きたことを考えると心が痛い。
なんだか今の中国の矛盾を感じた一瞬である。
次に北京の故宮 「紫禁城」 に行きくことにした。
中に入るとそのスケールの大きさに驚いた!
思わず 映画の 「ラストエンペラー」 を思い浮かぶ。
ここで実際に撮影されたのだ。
何気なしに見ると見落としそうな 龍の彫を施した 「モニュメント」
両階段の中央に置かれている。
なんとこれは一枚の岩で作られているのだ。
クレーンやトレーラーがない時代によくここまで運んできたものだ(汗)
当時の皇帝の力を垣間見ることが出来る。
その皇帝が座っていた椅子である。
ここから何万人もの兵士を従えた風景を見ていたのだろう。
これは 「外壁」 ではなく、 「場内の壁」である。
やはりスケールがデカイ!
一通り紫禁城を見学した後は、待ちに待った 「夕食」 である。
今晩は北京ダックで有名な 「全聚徳」 での食事である。
「ぜんしゅうとく」 と読む。
ここは歴史あるレストランで、創業者の「楊全仁」が清朝同治三年(1864年)に創業したのである。
各国の首相が訪中した際にも会食で使用されるほどの店である。
私もここで食事をするのは2回目である。
『さぁー!いまから食事である♪』
みなさん、ブログの更新が遅れてごめんなさい!
先週は新年早々ネット環境のないところに出張していて更新ができませんでした。
その出張で今回は、秋田県男鹿半島にある 『男鹿水族館』 へ行ってきました。
男鹿半島はあの 『なまはげ』 の地です。
もちろん観光でなく機械のメンテナンスである。
男鹿半島の先端に 『男鹿水族館』 は沿岸絶壁に囲まれた景色が素晴らしいところだ。
3年間もメンテナンスをせず運転していたため、機械が “悲鳴” をあげたのだ!
グリースも打たず運転し続けるとこのような状態になる。
整備も順調にはかどり、綺麗になった 『製氷機』
試運転も行い、 “白クマくん” も気分良さそうである♪
いい頃、日も暮れ景色が最高である。
なんとなく日本海の荒々しさと広大さを感じる一瞬である。
さて今夜の宿は、“格安宿泊付きパッケージ航空券” で予約したホテルである。
『セイコー グランドホテル』 とごくフツーのビジネスホテルのような名前である。
ホテルに到着すると “驚いた!”
男鹿温泉郷にある温泉ホテルだ♪
早速冷えた体を温めるため風呂に入る。 『気持いい~』
風呂からあがり食事だ。
また、 “驚いた!!”
『ANAセールスさん、ありがとぉ~♪』
一緒に同行した 社員Kくん も “大喜び♪”
酒を飲む飲む。
『どこまで飲むんだ? コイツは・・・』
お腹も満足して次はロビーで催された “なまはげ太鼓” である。
彼らは日本各地や海外(韓国や台湾等)で演武しているらしい。
迫力ある音と演武。
久々に心地よい出張が出来た。
たまには 『当り』 を引いた出張であった。
寒波が日本列島日本海側へ来ている真っ最中の土日に、黄昏の富山県と石川県へ行ってきました。
今回は富山県への出張であったが、福岡から富山空港への直行便がないため一旦、小松空港へ飛んだ。
飛行機は予定通り?出発も着陸も遅れた。
なんせ、飛行機に落雷があり 『ドカ!っつ』という音とともに、機体が大きく揺れた。
無事着陸し、そこで我々はレンタカーを借りて北陸道をまっしぐら富山へと向かった。
わずか90㎞の道のりだが、途中5か所ほど事故渋滞に遭遇した。
今回のような大雪は、北陸の人たちにとっても稀な大雪なのだろう・・・
我々は無事富山へ到着後、順調に仕事を終え富山県で一泊した。
夜は部下と一緒に焼鳥屋へ行って、美味い酒を飲んで冷えた体を温めることに。
横で飲んでる人たちの会話が我々の耳に入った。 『今回のような雪は10年に一度だなぁ~』
本当なのだろうか? しかし確かに外はものすごい雪である。
翌朝、機会をチェックし早朝早々仕事が終えて小松空港へ向かった。
午前10時に小松空港へ到着したが帰りの飛行機が19時までないのだ。
『たまには気ままに行こう!』 と温泉に行くことに決定!
部下と一緒に “山中温泉” へ行くことにした。
こんな宛てのない 『行き当たりばったりの旅』 もいいもんだ!
先ずは車を山中温泉へ向けて出発♪
除雪車を除けながら一路農道や山道を走らせた。
途中、 “地酒” の看板を発見!
店に入ると私の大好きなお酒がたくさんあった。
『天狗舞』 『黒帯』 『菊姫』 『万歳楽』 『手取川』 等々・・・
ここで正月用の酒をいくつか仕入れた。
そしてようやく山中温泉へ到着。
食事と酒を飲み、満腹になったところで温泉へ行った。
道の駅がやっている温泉だ。入浴料も格安で 500円 である。
雪降る中露天につかり、サイコーの気分♪
温泉から上がり、休憩所のソファーで昼寝した。
夕方目が覚め、近場を観光することにした。
調べると、“自動車博物館” なるものを発見。
中は 『世界中のクラッシックカー』 でいっぱいだ。100台以上はある勢いである。
中には私が若い頃乗っていた車も陳列されていた。
『この車もクラッシックカーなんだ』 と考えつつ、 『俺もクラッシックな年代のかなぁ~』 と馬鹿なことを考えたり・・・
一際オーラを放っていたのが、 『メルセデス』 であった。
この300SLはかつて同じものを 『石原裕次郎』 も乗っていた。
抜群のコンディションの車であった。
時刻も出発時間に近づき空港へ戻り、福岡へ無事帰ってきた。
たまには息抜きも必要だね! と感じた日曜であった。
セネガルから戻って、いよいよ最後の仕事だ。
西フランスに位置するジェネグラス社、ブルターニュ地方ロワール川の河口にある福岡と同じくらいの町である。
そこにジェネグラス社の工場がある。
1年ぶりの訪問だったが、社名変更に伴い看板が替わっていた。
工場ではいくつかの技術ミーティングを行った。
特に今回は来年度から製作着手する “自動貯氷庫 (オビタルサイロ)” である。
写真は3トンタイプの “Type S3” である。
打ち合わせも終わり翌朝は一日久々の休日である。
朝、市内を散歩してみた。
先ずはブルターニュ城である。
そして、朝のマーケットに行ってきた。
ここでは魚介類や農産物、チーズなどの乳製品、生活雑貨を売っている。
もちろん使っている氷は “フレークアイス” だ!
牡蠣はこの町の特産品で小ぶりだがとっても美味しい♪
私的には日本の牡蠣よりナントの牡蠣のほうが大好きだ。
その後は教会へ・・・
教会に入るとなんだか心が落ち着きますね。
そして、街中へ。。。
『そうなんだぁ、もうすぐクリスマス♪』
ヨーロッパではこの時期からクリスマスの準備をするのだろう。
街中ではでは “Noel” というイベントをやっていた。
たくさんのショップが出ていて、プレゼントやクリスマスデコレーションを売っていた。
今では見なくなった “仮設遊園地”
子どもたちは、おおはしゃぎで楽しんでいる。
日本の子供は 『どうなんだろう?』 と一瞬考えた・・・
夜はピエールさんと一緒に友人のテポさん宅へ行った。
暖炉で魚を焼きながら、牡蠣や奥さんの手料理を食べた。
久々楽しい時間であった。
いよいよ、今回渡航の主目的である仕事だ。
設備検査と試運転指導である。
ゼネコンさんの仕事も順調に進捗しているようである。
セネガルの会社 Le Froid社が工事した我々の設備をチェックする。
鮮魚庫として使用される冷蔵庫
それと、製氷機である。
日産4トンの機械を2台納入した。
この日の外気温度は35℃、今日給水温度は29.5℃と設計仕様より高いが機械の運転確認での製氷量も問題ない。
機械の仕上がりについても、日本での製作とは比較できないが、この現地の状況の中で考えると満足出来る範囲だろう。
運転指導も無事終えて、ガンビア政府の水産局のマネージャーとコンサルとのワンショットである。
これから、ブリカマ水産市場で製氷機を使用していただき少しでも新鮮清潔な鮮魚が流通されることだろう。
私は世界中の子どもたちがみな同じであってほしいと思う。そして、将来彼らの笑顔を見れることを期待する。
ようやく、仕事の終了だ!
バンジュール市内から離れた海岸沿いのレストランでアフリカ料理と冷たいビールを頂く。
丁度今日はホテルでイベントをやっているらしい。ピニャコラーダを飲みながら、アフリカ音楽を聴いてしばしアフリカに浸ってみた・・・
『It’s a AFRICA !』
『さよならー ガンビア!』
セネガルに到着した我々は、新しい友人と将来展望ある希望に話弾んだ。
また一人信頼できる友人が出来た!
この瞬間が喜びのひと時である。
その友人たちとまた、酒を交わす・・・
翌日は、新しい友人のフィリップさんの紹介でセネガルの水産工場を訪れた。
この会社のオーナーもまたフランス人で一人セネガルに来て商売を始めたらしい。
『努力している方はいろんなところにいるんだなぁ~』と感心するばかりである。
その日の午後、フィリップさん宅へ行った。
何やら外が騒がしい?
なんだろうと?と覗いてみると、今日はイランの首相が来ているのだ。
厳重な守りの中市内パレードをしていた。
前後に20台ほどの車を連れてのパレードだ!
ここセネガルは多くのイスラム教徒で占めている。
イランなどから数多くのサポートを受けており、減税や学資などに充てられているらしい。
街中をあげての歓迎パレードだ!
私がCIAに入るか007にならない限り、こんな機会は二度とないだろう・・・
そして我々はフィリップさんと彼の美しい奥さんの手料理の歓迎を受けて楽しい卓を囲んだ。
It’s a AFRICA
さよならアフリカ!
我々は広場に車を止めた。
そしてドライバーのウントさんが入国の確認に行った。
我々2人は車で彼を待っていると、見る見るうちに多くの現地人が集まってくる。
男たちはセネガル通貨の “セファー” とガンビア通貨の “ダラシー” の札束を持って 『両替!両替!』
女性は現地の特産品である “ピーナッツ” を持ってきて 『買ってくれ!』
子どもたちは車のドアや窓を叩き 『お金をくれー』 なのだ。
『ウントさん早く戻ってきてくれー!』 と心で叫ぶ・・・
そして彼が戻ってきた。
『保険事務所に行こう。』
『なぜなんだ?』 『なぜって、ガンビアに入る際は危険なんで保険に入らないと入国させてくれないんだ』
どうやら車の保険らしい。
数分探すこと見つけた。
“アクサ保険” である。 これってフランスの会社であることをこの時知った。
しかし、大丈夫なのだろうか?
少し疑問だ・・・
書類を持って、セネガルのポリス事務所へ行った。
受付でパスポートと書類を見せるなり、警官が 『お前達はVIPだ!』 と言い始めた。
『なぜ?VIPなんだ??』
『なぜって、お前たちはガンビア政府発行の入国書類を持ってるじゃないか』
と言って我々は署長室へ連れて行った。
署長が書類を書いていくつか質問を受けた。
『何しに来たんだ?』
『仕事だよ。』
『どんな仕事よ?』
『ブリカマの市場に製氷機を設置するんだ』
『おおっ!あそこは俺の地元で、以前は魚の匂いが臭くて我慢できなかったんだ。これで匂わなくなるな♪』
と会話が弾みパスポートに捺印してサインしてくれた。
我々は無事セネガルとガンビアのボーだラインを通り、ガンビアに入国することが出来た。
実は予め現地から 『現地へ入国した際に数人パスポートを取られたけど気にせずそのまま預けてきてくださいネ。』
『翌日、現地の方がイミグレに行ってお金を払って引き取ってきますから。』
『彼らは日本人はお金を持っているから、欲しいんですよ。』
『くれぐれも窓口でもめないようにしてくださいねっ。』
って聞いていたから、スムーズに入国出来てラッキーだ♪
と、 思ったのはつかぬま・・・・・
ドライバーのウントさんが入国してすぐにあるポリス事務所に車を止めた。
『何するの?』
『ここでもう一度書類を出さなきゃいけないんだよ。』
『エッーつ!聞いてないよ!』
今まで飛行機での入国しかしたことなかったから窓口は一つと思っていたがそうじゃない。
“一気に緊張した”
だって、ここでパスポートを取られてもブリカマまでは遠いのだ。
明日出国しなくてはいけないのに、こんなところでパスポートを取られたら・・・
などと “イヤ~な気配がよぎった・・・”
取りあえずポリス事務所に入って入国書類を渡す。
警官が 『あなたは入国ビザが無いですね?』
“そら、きたぞぉ!”
ガンビア政府発行の入国書類を彼に見せた。しかし彼は、 『これはエントリー書類であって、査証じゃないよ。』 と言ってきた。
『ヤバぃ!』
ピエールさんが彼と何やらフランス語で話し始めた。
警官は食い下がったが、無事パスポートに捺印とサインをしてくれた♪
『ピエールさん、ありがとう!』
無事イミグレを通り船着き場がある バーラ “BARRA” という町へ向けて車を走らせた。
途中、検問というかたくさん警官が立っている。
何回止められただろうか。。。
彼らは “お小遣い” を要求してくるのだ。
『全く、どんな国なんだ!』 と思うが渡さないと行かせてくれない。
おまけに彼らは拳銃も持ってるし・・・
数時間走り、ようやく船着き場へ到着。
ウントさんが車を止めて、フェーリーチケットを買いに行った。
またもや多くの人が寄ってくる。
どうやら我々は “1000ダラシー” に見えるらしい・・・
ようやくウントさんが戻ってきた。
車は車列のはるか後方。通用門にも入っていない。
『ウントさん、フェリーに乗るのにどのくらいの時間がかかるの?』
『1~2時間かなぁ~』
『エーッツ!マジっすか?』
と話していると、一人の警備員が寄って来た。
ウントさんが窓を開け何やら話している。
『1000ダラシー下さいよ。』の合図。
ピエールさんが彼に1000ダラシー渡した。
そうすると車列を横目に通用門まで案内してくれた。
“It’s a AFRICA !”
しかし、通用門に警備員が門を閉めてそこから先通してくれないのだ。
最初の警備員が、通用門の警備員に何やら叫んでいる。
『*+☆Δ※・※@』
そして、通用門を開けてくれた♪
“我々の警備員が強かった。
待ち時間喉が渇いたんで、ピエールさんに 『ビールを飲まない?』 と誘っていると、タイミング良くおっちゃんが売りに来た。
『冷たいビールを二本くれよ。いくらだい?』
『40ダラシーだよ』
『じゃあ、持ってきてくれ。』 と注文をした。
4~5分待たされ、おっちゃんがビールを持ってきた。
『一人50ダラシーだよ』
『価格が跳ね上がってるじゃないか!』
おちゃんは 『駄目だね。まけられない。』 と一点張り。
そしておっちゃんが瓶の栓を抜いた。
『しめた♪』
我々は 『じゃぁ、要らないよ』 と車に戻ったのだ。
おっちゃんは慌てて車までビールを持ってきた。
『二人で50ダラシーでどうだい?』
『45ダラシーだったら買うヨ』 とやっとビールにありつけた。
飲んで待ってると、フェリーが来た。
しかし大型トラックが多くて、なんだか乗れそうない雰囲気・・・
案の定、我々のところで満車になった。
『・・・・・』
さっきの警備員が何やら船乗りに言っている?
そして我々に来いというのだ。
『乗れないよぉ~』 どう見てもスペース無いじゃん。
彼は船員を4名集めてくると、 隣の190ベンツを人力で動かしはじめたのだ。
そして、彼が 『ほら、入るだろ♪』
“エーッツ!”
きみは今日から “ミスターダラシー” だ!
ここはアフリカ! “It’s a AFRICA” なのだ。
さよなら~ バーラ
さよなら~ ミスターダラシー!
いったいどれほどの人と車を乗せるのだろう?
ようやくバンジュールの港が見えてきた。
ここバンジュールからブリカマまでは車で30分ぐらいだ。
ようやく到着した。
さぁ~ これから仕事だ!
道のり10時間の旅は終わった。。。
To be continu
翌日ようやく無事に セネガルダカール空港 に向けてフライトすることが出来た。
シャルルドゴール空港では黒人ばかりであったが、快適なフライトである。
なんといっても、 1,892.00ユーロ も支払った “ビジネスクラス” だから当り前と言えば当り前である・・・
映画を見ながらのフライト、快適な時間もつかぬまダカール空港へ到着した。
下りてイミグレーションを抜けって驚いた!
外は厳重に柵で仕切られ、柵の外は何百人もの黒人である。
おまけに夜だから何百人が何千人にも見えるではないか!
そして多くの人が何やら話しかけてくるのだ。
“訛ったフランス語” なんでさっぱり分かりやしない。
友人のピエールさんが見当たらない? 『どこだろう??』
取りあえず電話してみることにした。
『今どこ?』
『カフェで飲んでるヨ』
心の中で “早く来いよ!” って叫んだ・・・
無事ホテルへ着いたのが夜の11時、チェックインしてピエールさんとホテル1階にあるバーでビールを飲みながら明日以降の打ち合わせをすることにした。
『katsu、明日は4時に起きて、4時半にチェックアウトしてフロントで待ち合わせをしよう。』
『明日は約300㎞と車移動になるが、車で寝ていけばあっという間だろう』
『行く途中、社内で少しほかのプロジェクトミーティングをしていこう。』
『OK!もう12時になったし、明日も早いんで寝よう』
ってことでつかぬ間の就寝である♪
翌朝、ドライバーが1台のダブルキャブのピックアップでやって来た。
ラゲッジを乗せていざ出発。
快適な移動である。 いや、移動であった・・・
1時間ほど渋滞を抜けて、ひたすら国道を走った。
道路が2車線から1車線へ、1車線の道もやや狭くなってくる。
周りは草原になって来た。
夜も明けて、走っていると至る所に “山羊” がいる。
それも一匹二匹ではない。
“何百匹” である。
『何なんだ。この羊は?』 ドライバーのウントさんに尋ねた。
『イスラムの感謝祭が今週末あるんだよ。』
『La pete du mouton って祭りだよ。』
『皆山羊を買って、家族で食べるのさ。』
そして、買っていかれる山羊さん
なんだかかわいそうにも見える。
“山羊にとっては迷惑な感謝祭なんだろうなぁ~”
『まあ、深くは考えないようにしよう。』
ここは、 “It’s a AFRICA” なのだ。
車で走っていくと道のいたるところが陥没している。その穴をよけながら走っていると、ついにアスファルトが無くなった!
“パリダカールラリー”のように赤土の中をひた走るってようやく “カオラックラック” という町に着いた。
運転手は “大きな町だよ” と言っていたが、どう見ても “村である”
ピエールさんが 『ここで朝食にしよう』
・・・・・
何処で取るのだろう?
ドライバーのウントさんが、探し始めた。
しかも普通も民家みたいなところである。
『ピエール。 ここで食べさせてくれそうだ。』
・・・・・
セネガルはフランス領土だっただけに、だれしもが朝食でバケットを食べるようである。
“お湯も沸騰させているから大丈夫だろう”
こうなったら腹をくくるしかない。
“It’s a AFRICA !”
食事をとって、車で国境に向けて走り始めた。
既に移動時間は5時間に。
しばし景色を見ながらの移動である。心なしか振動も、土埃も気にならなくなった。
自分ながら、なんて順応性何だろう??
そして、ようやく国境へ到着。
To be continu
昨晩は大失態をしてしまった。
昨日はPM1時にParis C. DAULLE空港で仕事仲間とういうか友人のピエールさんと待ち合わせをしていた。
1年ぶりの再会のためか、お互い多くの話がしたくて昼食をとりながら話をした。
フライトは16:25だったためかなり時間があったので、昼食後場所を変えてカフェでビジネスの続きをした。
来年度のプロジェクトやPCや計算機を片手に二人 『あーでもない!こーでもない!』 といつもの調子手あった。
ミーティングもはずみ、ふと時計を見ると 『15:30』 ではないか!
『しまった!』 と大急ぎで会計を済ませカウンターへ・・・
ミーティングをしていたのが、ターミナル2Dで出発カウンターがターミナル2E.
相当距離がある。
C. DAULLE空港を知っている方は分かると思うがとにかく “広い” のである。
10分ほど走って30分前にカウンターに到着。
電子チケットをボーディングカードに引きかえようとしたが閉め切られていて駄目だった。
問題はこの先からである。
友人のピエールさんはフランスNANTESからの乗り継ぎだったためボーディングカードをNANTESで発券していた。
彼は取り急ぎ出国カウンターへ・・・
『KATSU! 後はとにかく電話で連絡取り合いスケジュール変更しよう!』
『Sea you soon!』・・・ とだけ言い残し
我々のスケジュールは細かく刻まれておりどうしても今日中にダカールに行かなければならない。
取り急ぎエアフランスのカウンターへ行った
『今日、他にダカール行の飛行機はありませんか?』
『No! ありません。ダカールへは1日1便だけなんです。』
頭内がパニック状態である。
『では、明日の便は?』
『満席です。』
『明後日なら空いています。』
既に脳みそが溶け始めてきた。
『なんとかなりませんか??』
『ダメですねぇ~』
人間冷静にならないと思考回路が全く回りません。
『あっ!そうそう、明日のビジネスクラスだと空いていますが・・・』
『いくらですか?』
『ノーマルだと100ユーロですが、ビジネスだと1,892ユーロですね。』
『えっっ!1,892ユーロ』
今のユーロ為替で換算して250,000円である。
しかし、とっさの判断でそれを購入した。
あとは今日の宿泊である。
空港内にホテルはあったが、 “シェラトンホテル” であった。
多分たかいんだろうな?と考えつつ、『とりあえず、ここにいてもはじまらないのでパリにもどろう!』
エアフランスのシャトルバスで往復24ユーロのチケットを買いパリにもどった。
帰りのバスの中で 『とにかく冷静に考え直そう!』
iPodで “永ちゃん” を聞きながら再考した。
曲は “トラベリンバス” である。
冷静に考えると思考が回るもんだ。
『後悔してもしょうがない。とにかく最善を尽くそう!』
『慌ててもどうしょうもないしな!』
なんだか気持が安らんでいく。
そしていつもの定宿へ。
ホテルの店主が 『SHIBATA, どうしたんだい?』
『ちょっと俺のミスでトラブっちゃった・・・』